第四回 浦 環氏 (東京大学生産技術研究所 海中工学研究センター長)
そのダイナミックな発言と行動を通じて、我々のハートに火を灯す「ヒト」にフォーカスするインタビューシリーズ。
その第四回目にご登場いただくのは、水中ロボットの第一人者、浦 環(うら たまき)氏。
浦さんは、これまで数々の水中ロボットをひっさげて、インド洋や太平洋の深海、日本の湖沼を探査研究しています。それはまさに「冒険」という言葉がふさわしい心躍る挑戦の数々。また多忙な研究のかたわら20年に渡り高等海難審判庁参審委員として活躍する一面も。
そして今年1月、これまでの研究業績が評価され、IEEEのフェローに就任されました。そのフェロー就任記念講演会の前に、お話を伺うことができました。
(東京大学生産技術研究所 浦研究室に於いて 聞き手 ?ロボットメディア 小林賢一)
水中ロボットを開発したいなら海に行かなければだめです。海に行こうという根性を出さないから、ちゃんとした水中ロボットができない。
浦先生の講演をお聴きするたび、今の日本にこんなにおもしろいことをされている研究者がいるのかと驚かされます。ロボット研究者にはおもしろい方が多いのですが、その中でも浦先生の研究は飛びぬけておもしろいと感じます。
僕の作っているロボットは冒険するロボット。陸上のロボットは冒険しない。周りで皆で監視していて、ちゃんと動いているか見ているわけだけど、海中ロボットは冒険するからおもしろいんだね。
他にも水中ロボットを研究されている方はたくさんおられますが、浦先生のロボットほど楽しさが感じられないのは何故でしょう。
それは、海に行かないからだよね。僕らが目指しているのは、プールで泳げるおもちゃのようなロボットではなく、海で活躍できるロボット。だから海に行かないとだめ。こんなおもしろいパフォーマンスができますといったって、「ああそう、でもそれがなんなの」って、それはおもちゃでしかない。日本の昔のお茶汲みロボットもあれはあれで楽しいけど、そこに踏みとどまってしまって、それから先に行っていない。
水中ロボットを開発したいなら海に行かなければだめです。海に行こうという根性を出さないから、ちゃんとした水中ロボットができない。実際、海に行くのはとても大変で僕も84年からロボットを作りはじめたけど、「プテロア150(PTEROA 150)」というロボットを海に連れて行ったのは90年。作りはじめてから6〜7年が経っていた。それはとても大変だったよ。
辰巳で行われた「水中ロボットコンベンション」で、先生が本当に楽しそうにTri-Dog1とプールに入っていたのを見て、とんでもない先生だな(笑)と感動したのですが。
自分で作ったロボットと一緒に泳げることは本当にうれしいよね(笑)。
でも、ロボットと一緒に泳ぐ人ってめったにいないですよね。
普段、そんなにおもしろいことがないからだよ(笑)
ロボット作りに興味を持つ子供たちは多いと思いますが、それが何をするためにやるのか目標や目的もなく、ただものづくりの楽しさとして行う場合が多い。先生のような水中ロボットを目指すことで新たな興味や広がりも出てくると思うのですが?
例えば、NHKのロボコンも機械を扱うことや総合教育としてはとても役に立つと思う。ロボットは楽しいし、遠隔操作も楽しいからそれはそれで大切だけど、ロボットの本質から離れているように感じる。ロボットはやはりロボットとして活躍してほしいと思っています。
海中を探査する一番の目的は何なのですか?
鉱物資源調査だね。例えば、西太平洋にある1000mくらいの海山の頂上(平頂海山)には、コバルトリッチクラストという鉱物資源があって、そこに白金とかコバルトとかニッケルがたくさん含まれている。現在、鉱物資源として期待されているものとしては熱水性鉱床、コバルトリッチクラスト、マンガン団塊があるけど、マンガン団塊はとても深いところにあって、採取することは難しいので、熱水性鉱床を盛んに調べようとしている。来年、明神礁に行くのもそれが目的です。
熱水性鉱床は今活動中のところもあるし、活動が止まってしまってその周りに鉱物資源があるところもある。
自律型海中ロボット「r2D4」は、その熱水地帯を集中的に観測できる知能ロボットとして開発され、これまで佐渡沖や相模湾などの日本近海、グアム島沖のマリアナトラフ(ロタ北西第一海底火山)や明神礁カルデラ(東京の南約400km)に潜航されていますが、最近の活動について教えてください。
昨年の12月にインド洋に行き、ロドリゲス島沖の中央海嶺で世界最大規模の溶岩平原と熱水活動を発見した。この探査で熱水性鉱床の可能性を突き止めたよ。
今年は7月に伊豆沖に行き、8月に鹿児島湾桜島の北側の海底、そして来年の3月にまた明神礁カルデラを観測することになっている。
r2D4はすでに完成している水中ロボットなので仕事があればどこにでも行くよ。
潜行のたびにソフトウェアは変えているのですか?
ソフトウェアは作戦に合わせていろいろ変えている。作戦を立てることがとても大切なんだ。例えば、子供を新宿のデパートに買い物に行かせる場合、駅ビルだとわかりやすいが小田急ハルクに行きなさいとなると道ひとつ超えないといけないので難しくなる。だから子供に小田急ハルクに行きなさいというときはそれなりに作戦を立てて、駅に着いたら、こうやって小田急ハルクに行きなさいということを指示する。そういうことがかさなっていき、だんだん難しいことがわかってくるということ。
最初はあまり流れがなくって平らなところに行ってたけど、今は3000m位の深海まで潜れるようになった。だんだんと難しいところに行けるようになるのはロボットの研究者からすればうれしいことです。
さまざまな深海で活躍するr2D4ですが、各種センサによるデータ以外、深海の写真がないのは何故ですか?
r2D4が撮影した水中写真はあまりない。というのはこのロボットは走り回ることを仕事としているから、Tri-Dog1や有索無人潜水機(ROV)が撮ってくるような迫力のある画は撮れない。r2D4のような航行型の自律型潜水機(AUV)はまだそこまで賢くないんだ。
生物を研究している科学者から深海の生物を採取してほしいという要望は強くあると思いますが。
r2D4では難しいが、今クラゲを採ってくるロボットを作っている。7000mくらいの生物を採ってくるロボットができればいいと思っている。そのうち採ってくるよ。
もう少し詳しく教えてください。
沈没した船舶や航空機を調査する自律型水中ロボット「Tam-Egg2」の後継機として、「Tuna-sand」というロボットを作っている。8月にTri-Dog1とそれを持って鹿児島湾に潜ぐる。この子は、1500mの海底をROVのようにピンポイントで近づいて、接近して写真を撮り、サンプリングも採ってくることができるロボットなんだ。これから活躍するよ。
「ツナサンド」というのはまた面白い名前ですね。
浦研の水中ロボットの多くはTではじまる。「Tuna-sand」は、Terrain base Underwater Navigable AUV for Seafloor And Natural resources Developmentの頭文字。つけたのはいいけど長いので憶えられないよ(笑)
これまで様々な「冒険」をされてきて、当然成功もあれば失敗もあったと思います。琵琶湖で行方不明になった「淡深(たんたん)」は有名(笑)ですが…
r2D4は自律型水中ロボットなので、自分で海に潜って、自分で帰ってくる。これまで
こちらからコマンドを送って帰還させたのは、ロタ海底火山に潜ったときと、インド洋での二度だけ。それ以外は帰って来いと言っていない。それを大いなる喜び(笑)としているんだ。だけど、ロタのときは左側の尾翼が壊れてしまい、1000mくらいのところでぐるぐると変な動きをしていたので、恐らくこの動きからするとセンサが壊れたか、尾翼が壊れたかしているのだろうと推測して帰還命令を出した。昨年、インド洋ロドリゲス島沖に行ったとき、ちょっと計画が間違って岩にボーンとぶつかってしまった。どうやら曲がったときに急に目の前に崖があって避けきれずにどーんと当たってしまったようなんだ。本来は崖からもう少し離れたところで曲がるはずだったのが、進路が少しずれたために早めに曲がってしまった。
ぶつかったことは上から見ていて推測できたので、コマンドを送って帰還させた。調べてみたら頭に岩の破片が突き刺さっているし、頭のフックはひん曲がっているし、ひどい状態だった。崖をぐりぐりと押し続けていたんだな。もう少し崖の下にもぐりこんでいたらダメだった(笑)。今頃こんなところで笑っていられなかったよ。保険金で新しいロボットを必死に作っていたな。ちょっと運が良かった。
保険金をかけているんですね。
全損か行方不明の場合のみの保険をかけている。ソフトウェアはコンピュータに入っているからいいけど、ハード部分は作り直さないといけないからね。でもTri-Dog1はダメだったら仕方ないと保険はかけていない。
NHKの「サイエンスゼロ」(07年7月7日放送)に出演された際、「研究者一人に一台のロボット」ということを述べられていましたが。
僕らが思っているのは大型の水中ロボットではなく、小回りの利くロボット。サイエンスの研究者たちはいろいろ自分たちがやりたい研究があるから、戦艦大和のようなロボットを作ってオールインワンでみんなに何かをやらせるというのではなく、必要なら研究者に一台のロボットというふうにもっていかないといけない。実際、大きいロボットは海に下ろしにくいし、壊れやすい。また一人の研究者が潜水船を借り切ってやるのでは話にならない。そうではなく、小型軽量でそれぞれの研究者が自分のロボットをぼーんと海に放り込んで観測でき、みんなが別々に同時に研究できる水中ロボットにならないとだめだ。各自が自動車を一台ずつ持っているようにね。
役人は大きなロボットを作るといえば予算がつき、小さいのは民間が作ればいいじゃないかと思っているが、自動車が一人一台になってきているように、水中ロボットも研究者一人に一台持てるようにしていかなければならないと思う。
海洋にはそれこそいろいろな海があり、4〜5000年の歴史もあるので、一筋縄ではいかない。
海洋基本法が7月20日に施行されました。長年、この問題に関わってきたお立場から今後の海を巡る状況をどのように見ていますか?
これまで湯原先生が中心になって「海洋技術フォーラム」を組織し、いろいろな提案してきた。とにかく海というものに国の予算をたくさん投資して、それで新しいプロジェクトを作って、産業を興していかなければならないと訴えてきた。
例えば先日の新潟県中越沖地震で柏崎の原発もその沖に断層があるか海の中を充分に調べることができなくて、ああいうことになったけど、海の中だからよく調べられないという理由で放ったらかしになっているところが日本全国にたくさんある。
海底断層をちゃんと調べれば、原子力発電所の建設費は上がるかもしれないけど、安全性は増す。調査費用は原発全体の予算からすればたいした額ではないのだからもっとやればいいじゃないかと思う。政府が調べろといえばそれが産業になっていくわけだ。原発だけでなく、コバルトリッチクラストも国がどんどんとやるべきだ。国がやってくれればロボットも動員されるだろうし、海中技術も発展していって、学生たちも興味を持つようになる。なので、海洋基本法には期待している。
ちなみに僕は政府の統合海洋政策本部の参与会議メンバーとして、内閣総理大臣に直接ものが言える立場。海洋の産業、海洋基礎技術、ロボット技術、センシング技術など、どんどん意見を述べていきたいと思っている。
宇宙に関しても現在、「宇宙基本法」が審議されています。エネルギー資源の確保という観点から、今後、宇宙と海洋はセットで考えていくことになりますか?
フロンティアということでは似ているのだけど、宇宙と海洋はぜんぜん違う。
宇宙は、例えば地球外生命探査にしても、ロケット、衛星という1本の大きな柱があるのだだけど、海洋の場合は、地震がどうだ、コバルトリッチクラストがどうだとか、うなぎがどうだとか、いろいろあって、うなぎばっかりやっていると船が足りないから、じゃぁコバルトリッチはどうなるのだとか、あいつが船を使っているから俺たちが仕事できないとか、漁業の人たちはこんなところで勝手に観測してはいけないとか、なんだかたいへんなんだ。海洋には4〜5000年の歴史もあるので、それこそいろいろな海があり、一筋縄ではいかない。
宇宙とは行政の仕組み、産業の仕組み、社会背景がぜんぜん違う。
「宇宙と海洋をセットで」とお聞きしたのは、将来、地球外惑星探査で水中ロボットが活躍することもあるのではと思ったからです。惑星探査でNASAから協力の依頼はないのですか?
残念なことにそういう依頼の話はないよ(笑)。NASAはNASAで海中ロボットを研究するグループを持っていて、自分たちの技術があるからね。JAXAからも話はこない。宇宙はとても時間がかかるし、大変ではあるけど。
今日はこの後、IEEE フェロー就任の記念講演がありますが、これはどのようなものなのでしょうか?
IEEEというのは、the Institute of Electrical and Electronics Engineers の略で、アメリカに本部がある世界最大の電気・電子関係の技術者組織。会員数は約37万人(日本関係者1万3千人)で、その中で海に関係しているOES(Ocean Engineering Society)会員が約1600人 (日本関係者69人) いる。会員構成は一般会員、シニア会員、フェローとなっていて、フェローの数は全体の0.1%、コンピュータから通信まで1年間に日本の会員では20人くらいがフェローになれる。今年は私を含め、18人の日本人がIEEEフェローになった。現在、IEEEのフェローは約5900人(1.6%)でOES内のIEEEフェローは78人(4.8%)。
フェローに選ばれるのはその分野で業績のある専門家なので、海外から「この人は偉い(笑)」と学者として一人前に認めてもらえたということ。特に造船分野からただひとり選ばれたのがうれしいね。私は、日本船舶海洋工学会の功労委員でもあるのだが、なんとか委員会を何年やって、その委員長を何年かやると功労委員になれるけど、それは決して学問業績ではない。学会のためにどれだけ働いたかが評価基準なんだ。働いたことはそれでいいのだけど、やはり学問業績で認められたほうがずっとうれしいよね。
本日は講演前のお忙しい中、お話をしていただきありがとうございました。
この後、浦さんは「海が茶の間にやってくる工夫」と題し、記念講演を行った。
「原子力や宇宙関連の国の予算は、それぞれ3000億円ある。海洋は600億円である。これを原子力や宇宙予算なみの3000億円にしたい」と切り出し、海洋基本法施行の追い風を受けて、統合海洋政策本部の参与会議メンバーとして実現に向け努力したいと述べた。
そして、そのためには国民にもっと海を身近に感じてもらうアウトリーチ活動が重要で、
「スタティック(静的)な海の情報、写真ではなく、ダイナミックな海の情報・映像をお茶の間に届けたい。そのためには、海の上でどこでもブロードバンド(OCEAN BB)ができるよう環境を整備する必要がある。独自の通信衛星の開発、打ち上げ、運用を目指したい」と語った。
OCEAN BBが実現すれば、お茶の間に居ながら、「大海原に昇る朝日や夕日を見たり、入港する船のブリッジから港や陸地を見たり、逆巻く荒海を見て気持ち悪くなり(笑)、神秘の海底をリアルタイムで目のあたりすることができる」と述べ、浦研のホームページで展開している「海の音を聞こうプログラム」を紹介した。
8月 鹿児島湾桜島の北側の海底(通称 : たぎり) Tuna-sandの初潜行。Tri-Dog1と共に熱水が湧き出ている海底でサツマハオリムシなどを観測。
11月及び08年2月 インド・ガンジス川でのカワイルカの生息観測。
08年3月 明神礁カルデラでの鉱物資源観測。
その他、沖縄・与那国島「第4与那国海底火山」調査。豊橋沖のケーブルにつながっているステーション付近の観測。
1948年生まれ。東京大学工学系大学院船舶工学専攻修了。工学博士。東京大学生産技術研究所教授。現在、同付属海中工学研究センター長。日本造船学会賞(1979年、1994年、1997年)、日本機械学会技術賞(1999年)ほか受賞多数。2007年1月、IEEE Fellow就任。