昨年、女子大初の大学硬式野球リーグに加盟した中京女子大が、初めての公式戦を行い、男子チームの名古屋外国語大に0-35で敗れた。
学生の頃から映画を観てきて不思議に思っていたのは、「ピアノ・レッスン」のような例外を除き、女性監督によるすばらしい作品が何故出てこないのかということ。
脚本が書ける才能があっても、精神的にも体力的にもタフさが必要な映画作りは、スタッフをまとめ上げるリーダーシップ力なども問われるので、そういったことも要因としてあるのかとも思うが、
なにより「想像力」が問題なのでは、と思っていた。
ところが、昨年公開された女性監督による映画、「かもめ食堂」と「ゆれる」。
日常生活のひとつひとつ、登場人物のひとりひとりをじっくり丹念に描き、
「画面と対話」できる、すばらしい作品だった。
それぞれの作風は異なるが、どちらも登場人物を見つめる視線が厳しく、
「想像力」というより、生きる「迫力」を感じた。
ロボット業界は、映画業界以上に男が多く携わる世界。
今後、女性ならではの「生き生きとした」ロボットを是非見たいと思う。
最初は0対35であっても・・・
<つづく>
<つづき>
10年ほど前、スリランカを訪れた。
北海道ほどの小さな島は、多様な変化に富み、文化三角地帯をはじめとする多くの仏教遺跡、美しいコロニアル・ホテル、おいしい食事、そしておだやかな人々の暮らしなど、いつまでも印象に残る国のひとつだった。
しかし、訪ねることができたのは島の三分の二ほど。北部や東部地帯には行くことができなかった。
スリランカは多数民族のシンハラ人と分離独立を求める少数民族のタミール人との間で1983年から内戦が続いている。
2002年にノルウェーの仲介で「法的には」一時停戦になっているが、一昨年12月に勃発した武力衝突では民間人を含む1000人を超える犠牲者が出ている。
1951年、サンフランシスコ対日講和会議で、スリランカは日本に対して賠償請求を放棄し、一部の国々が主張した日本分割案に真向から反対した。
そのときにスリランカのジャヤワルデス大統領が、ブッダの言葉を引用して、述べた言葉。
「人はただ愛によってのみ憎しみを越えられる
人は憎しみによっては憎しみを越えられない」
皮肉にもそんなスリランカが今、憎しみ合いの中にいる。
日本もこれまで、スリランカ和平には積極的にかかわってきた。
2003年と昨年5月にスリランカの和平回復について話し合う「スリランカ復興開発・東京会議」を開いている。
訪れた当時も戦闘で傷ついた人や地雷で足を失くした人がたくさんいた。
日本が人道的対人地雷の探知・除去ができるのは紛争が終了し、平和理に復興が見込まれる地域。それゆえ現状では活動が非常に限定されてしまう。
EUは昨年5月、北・東部を拠点にタミール人国家樹立を目指す反政府武装組織「タミル・イーラム解放のトラ」をテロ組織に指定し、資産凍結に踏み切った。また、フィンランド、デンマーク、スウェーデンなど国際停戦監視団要員の撤収が続く。
しかし、日本でスリランカの現状を伝えるニュースは、ほとんどない。
停戦中のレバノンでは、推定約12万発の不発弾が残され、その8割以上がクラスター爆弾の子爆弾だそうだ。
クラスター爆弾は第2次世界大戦時の焼夷弾やベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争にも使われ、不発弾として対人「地雷化」することも多く、それによって多くの子どもたちが被害にあっている。
日本は人道的観点から対人地雷の探知・除去活動を行っているが、世界にある地雷を処理するには、1000年かかるとも言われている。
国際地雷除去センターによると、レバノンに残されたクラスター爆弾の約9割が停戦の直前に「駆け込み」使用されたようで、本当に血も涙もない。
(つづく)
以前、ポンペイの遺跡を巡ったとき、現代とほとんど変わらぬその暮らしぶりに、もしかしたら今よりずっと豊かかも、と思った。
科学テクノロジーの違いを除いて・・・
昨年、1960年に科学技術庁が予測した50年後の未来像について、未来工学研究所が判定を行った。
予測された135項目のうち、実現したのは携帯電話や電子レンジなど全体の4割・54項目だった。
未来技術を予測することの難しさから言えば、4割というのは上出来だと思うが、気になったのが原子力関係の予測。
7項目のうち実現は0、一部実現4という結果だった。
それでも、文部科学省と資源エネルギー庁は、今年の予算は高速増殖炉の実証炉研究費に140億円余り。
高速増殖炉は核燃料の利用効率が極めて高く、将来のエネルギーの切り札として期待されているわけだが、1995年に原型炉「もんじゅ」でナトリウム漏れ事故が起きて以来、運転が停止され、現在改造工事を行っているところだ。
エネルギー資源の世界争奪競争が激しさを増す中、石油や天然ガスなど他国に依存しない自前のエネルギーを確保することは、日本の悲願であり、
国は、2050年の高速増殖炉実用化を目指している。
ただし、原子力関係にはこれまでも極限作業ロボットを含め兆を超える巨額の税金がつぎ込まれてきた。
新潟中越沖地震での東京電力柏崎刈羽原発のお粗末な対応など、原子力政策への国民の強い反発と不信もある。
50年後も、やっぱり「実現0」では済まされない。
なんとしても負の遺産を克服して、実現にこぎつけてほしいと思う。
参考 :読売新聞(2006年8月17 日)
NHKで放送されている「世界ふれあい街歩き」。
小さな路地や公園を気ままに歩き、そこで生活している人に気楽に声をかける。街や人を見つめる眼差しがとても優しくて、好きな番組のひとつだ。
以前、カナダのバンクーバーを取り上げていた。
立派な並木が建ち並ぶ古い住宅街に小さなドアのようなものがついた不思議な木がある。
ドアノブと、のぞき穴が付いていて、“666”というルームナンバーまで書かれている。
いったい、誰が住んでいるのかと通りすがりの人に話を聞くと、
「ここにはこびとが住んでいるの。この辺りでは有名なのよ」
街の誰もが知っていると言う。
以前バンクーバーに行ったとき、街の雰囲気がとても穏やかで、気さくな人も多く、いつかは住んでみたいと思ったものだ。
最近の日本では幼い子供や女性を狙った事件が多発しているため、街や人を見守る(24時間監視)ことが検討されている。
ロボットテクノロジーを活用するケースも今後増えていくだろう。
安心で安全な暮らしができることはとても大切なことで、
そのためにロボットが役に立つなら、大いに活用すべきだろう。
しかし、こびとがいると思える暮らしのほうが、幸せだと思いませんか?